「犬は言葉を話せないでしょ」
犬をよく知っている友人に、そう言われたことがある。
たしかに、その通りだ。
ひめは日本語も英語も話さない。
でも私は、ずっと違和感を覚えていた。
言葉を話せないことと、気持ちが伝わらないことは、イコールじゃないんじゃないか。
そう思うようになったのは、ひめと暮らしてきたからだ。
犬を迎えたばかりの頃は、ひめの気持ちがわからなかった
私は今でも、友達とごはんに行くときは、
「今日は友達とごはんに行ってくるね。お留守番よろしくね」
と、ひめに声をかけてから出かける。
買い物に行くときも同じ。
返事が返ってくるわけじゃない。
それでも、私はひめに伝えている。
最初から、こんなふうに思えていたわけではない。
ひめを迎えたばかりの頃、私は正直、ひめとの接し方が全然わからなかった。
触るたびに手を噛まれる。
ポメチワのひめはとてもびびりで、最初はどう接したらいいのか、本当にわからなかった。
そりゃそうだ。
みんな一年生なんだから。
私も犬との暮らし一年生。
ひめも、人間と暮らす一年生。
ひめを観察して、少しずつ気持ちがわかるようになった
それでも、ひめと仲良くなりたかった。
だから、一人になってひめの気持ちを考えてみたり、トイレのお世話やごはんのことを学んだり、トレーニングをしたり。
人並み以上に、いろいろやったと思う。
それが、私が犬との暮らしを心から楽しめるようになったきっかけだった。
ひめの表情や行動をよく見るようになって、少しずつ、
「今、何を考えているんだろう」
「これは嬉しいのかな?」
「ちょっと嫌なのかな?」
と、ひめの気持ちを考えるようになった。
今では、心で会話できているような感覚がある。
もちろん、ひめの気持ちを全部わかるわけじゃない。
それでも、犬の気持ちを想像して、ひめの小さな変化を感じ取れるようになったのは、間違いなくひめのおかげだと思っている。
ドッグランで知った、ひめの「あそぼ」の気持ち
たとえば、ドッグランでのこと。
ひめが「遊ぼ!」と元気に鳴くことがある。
チワワが吠えるときのような鳴き方に聞こえるけれど、声が高くてテンションが上がっているだけ。
ひめにとっては、ただ遊びに誘っているだけなのだと、今の私はわかる。
「違うよ、ひめ。優しくね」
そう伝えると、ひめはちゃんと優しい態度になって、小さなチワワと遊んでいた。
犬の行動だけを見るのではなく、
「この子は今、何を伝えようとしているんだろう?」
と考えるようになった。
それも、ひめと暮らしてきたからこそ身についたことだと思う。
私がつらい日に、ひめがしてくれたこと
こんなこともあった。
私が寝ているとき、母が私をたたいて起こしたことがある。
隣にいたひめは、母の手にがぶりと噛みついた。
私は、ひめが私を守ってくれたのだと思っている。
そして、もうひとつ忘れられない出来事がある。
仕事で人間関係に気疲れして、悪いことをしていないのに上司にいろいろ言われて、悔しくてたまらなかった日。
そんな私のそばに、ひめがやってきた。
そして、お気に入りのトラのぬいぐるみを持ってきてくれた。
まるで、
「どうしたの?」
と言っているみたいだった。
きっと、私の気持ちをわかってくれていたんだと思う。
少なくとも私は、そう感じた。
アニマルコミュニケーションで聞いた、ひめの気持ち
以前、アニマルコミュニケーションを受けたことがある。
そのとき、ひめは「妹と私が大事」だと言っていたそうだ。
それを聞いたとき、なんだかすごくひめらしいと思った。
変態と言われてもいい。
それくらい、私はひめが大好きなんだから。
言葉がなくても、犬の気持ちは伝わる
犬は、人間のように言葉を話すことはできない。
でも、表情や仕草、声、行動には、その子なりの気持ちが表れている。
私は、ひめを迎えたことで、相手をよく見ることの大切さを知った。
そして、相手の気持ちを考えるようになった。
犬を迎える前の私は、こんなふうに「言葉がない相手」と向き合うことを考えたことはなかったと思う。
ひめとの暮らしの中で、少しずつわかるようになった。
言葉を話せなくても、気持ちは伝えられる。
それを教えてくれたのは、他でもない、ひめだった。
