2026年10月10日
「うちの子」
愛犬のことを、そう呼ぶ人は多いと思います。
私も、ひめとあなのことを「娘」と呼んでいます。
ひめは犬。
あなも犬。
人間の子どもと同じだと思っているわけではありません。
それでも、私にとっては大切な「娘」です。
「犬は犬でしょ」と思う人もいる
愛犬を「子どもみたい」と思う人もいれば、
「ペットはペットでしょ」と思う人もいると思います。
どちらが正しい、という話ではないと思っています。
犬は犬。
人間は人間。
そこは変わりません。
でも、犬だからこそ、その子のことを知って、その子に合った方法で守ってあげたい。
私が「娘」と呼ぶのは、そんな気持ちからです。
私がひめとあなに願っていること
私がひめとあなに一番願っていること。
それは、できるだけ長く元気でいてほしいということです。
そして、できることなら、病気や事故で突然命を失うのではなく、歳を重ねて、最後は老衰で穏やかに旅立ってほしい。
もちろん、命のことだから、私が決められることではありません。
だからこそ、今日できることを大切にしたいと思っています。
きっかけは、中学生の頃に見た猫でした
※ここから事故の話が出てきます。
そう思うようになったきっかけがあります。
中学生の頃、バレーボールの試合の帰り道。
道路で、交通事故に遭った猫を見ました。
助かることが難しい状態でした。
その日は、帰るのが遅くなりました。
家に帰ると、母から、
「今日は遅かったね。理由は?」
と聞かれました。
心配してくれての言葉だったのだと思います。
でも、あの日に見たものが頭から離れませんでした。
苦しかったのかな。
怖かったのかな。
今でも、ふと思い出します。
だから私は、ひめとあなとの散歩でも、車をとても意識するようになりました。
散歩では「車どうぞ」と教えています
散歩中、車が来たら、私はこの順番でひめとあなに伝えています。
- できるだけ道路の端へ、リードでそっと誘導する
- 「待て」と伝える
- 「車どうぞ」と声をかける
- 車が通り過ぎてから、また歩く
「これが『車どうぞ』だよ。わかった?」
そんなふうに話しかけるような気持ちで、毎回の散歩で繰り返しています。
もちろん、これで事故に遭わないとは思っていません。
犬がどれだけ気をつけていても、車を運転する人の行動まではコントロールできないからです。
それでも、できることはできるだけしておきたい。
「車どうぞ」という言葉を覚えてもらうことだけが目的ではありません。
車が来たら端によける。
止まる。
待つ。
通り過ぎてから動く。
ひめとあな自身が少しでも安全に行動できるように、日常の中で伝え続けています。
「娘」だから、人間と同じにするのではない
私がひめとあなを「娘」と呼ぶのは、「犬を人間の子どもと同じにする」ということではありません。
ひめはひめ。
あなはあな。
犬としての性格も、できることも、苦手なことも違います。
だから私は、言葉だけで判断するのではなく、表情や行動を見たり、嫌がっていることは無理にさせないようにしたり、その子に合わせて接したいと思っています。
犬であることを大切にしながら、家族として一緒に暮らす。
私にとって、それが「娘」と呼ぶということなのかもしれません。
できるだけ長く、一緒にいたい
ひめとあなには、できるだけ元気で長生きしてほしい。
一緒に散歩をして。
一緒に出かけて。
一緒にごはんを食べて。
何でもない毎日を、できるだけ長く過ごしたい。
そしていつか、年齢を重ねて体が弱くなったときには、その変化にもちゃんと気づいてあげたい。
突然のお別れではなく、
「いっぱい生きたね」
と言えるくらい、長い時間を一緒に過ごせたらいい。
それが私の願いです。
ひめは犬。
あなも犬。
でも、私にとっては大切な娘です。
だから今日も、散歩に行ったら、
「車どうぞ」
と声をかけています。
そして、ひめとあなが少しでも安全に歩けるように、私はそばにいます。
あなたにとって、愛犬はどんな存在ですか?
「ペット」でしょうか。
「家族」でしょうか。
それとも、言葉では表せない別の存在でしょうか。
よかったら、コメントで教えてください。
